表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

15)胡漢の融合を中止する

即位の当初から、ずっと火種だと思っていた「皇太弟」という不安定な地位。
劉聡の治世のほぼ全部を使い切って、解決しました。結果は、取り巻きのマリオネットである、劉聡の子・劉粲が勝ちました。
曹操は、曹丕や曹植に入れ知恵する人を悪んだ。本人の実力以外の理由で、後継争いに決着がついてはいけない。曹氏の未来のためにならない。このタブーを、劉聡は見過ごしてしまったようで。

愍帝を殺害せよ

聰校獵上林,以帝行車騎將軍,戎服執戟前導,行三驅之禮。粲言於聰曰:「今司馬氏跨據江東,趙固、李矩同逆相濟,興兵聚眾者皆以子鄴為名,不如除之,以絕其望。」聰然之。

劉聡は、上林で校猟した。西晋の愍帝に車騎將軍を行ねさせ、戎服を着せて、戟を持たせた。

西晋の懐帝を捉えたときは、漢は日の出の勢いで、余裕があった。だが今は必死だから、愍帝をいじって遊ぶヒマはない。初めから屈辱的なプレイだ。
また、愍帝には統一皇帝としてのネームバリューがない。劉聡が、わざわざ旧友や貴族として待遇する意味がない。

愍帝は、狩の前導をさせられ、三驅之礼をした。

ちなみに「vintage」とは、ラテン語の「ぶどうを収穫する」が語源で、ぶどうの収穫から瓶詰めまでの工程のこと。ふーん。

劉粲は、劉聡に言った。
「いま司馬氏が、江東に跨據しています。趙固と李矩も漢に叛逆しています。趙固と李矩が兵を集めるときは、司馬鄴(愍帝)を旗印にしています。司馬鄴(愍帝)を殺すのがベストです。漢に敵対する人の、望みを絶やしましょう」
劉聡は劉粲に、西晋の愍帝を殺害せよと命じた。

趙固郭默攻其河東,至於絳邑,右司隸部人盜牧馬負妻子奔之者三萬餘騎。騎兵將軍劉勳追討之,殺萬餘人,固、默引歸。劉頡遮邀擊之,為固所敗。使粲及劉雅等伐趙固,次於小平津,固揚言曰:「要當生縛劉粲以贖天子。」聰聞而惡之。

西晋の残党である趙固と郭默は、漢の河東郡を攻めて、絳邑に到った。右司隸部の人は、牧馬を盗み、妻子を背負って逃げた。逃げた人は、3万余騎だった。騎兵將軍の劉勳は、西晋の残党を追討して、1万人余を殺した。
趙固と郭默は、引いて帰った。劉頡は、逃げ道を塞いで攻撃した。趙固は、劉頡に敗れた。
劉聡は、劉粲と劉雅らに命じて、趙固を伐たせた。劉粲と劉雅は、小平津に入った。趙固は、声をあげて言った。
「劉粲を生け捕りにして、司馬氏の天子に引き渡すべきだ」

司馬昭が卑怯くさかったが、西晋も40年くらいた経つと、命がけの忠臣が登場する。きっと趙固は、頂く皇帝が他の氏でも、同じ振る舞いをしただろうが。

劉聡は、捕まったくせに態度を屈さない趙固を悪んだ。

李矩使郭默、郭誦救趙固,屯於洛汭,遣耿稚、張皮潛濟,襲粲。貝丘王翼光自厘城覘之,以告粲。粲曰:「征北南渡,趙固望聲逃竄,彼方憂自固,何暇來邪!且聞上身在此,自當不敢北視,況敢濟乎!不須驚動將士也。」是夜,稚等襲敗粲軍,粲奔據陽鄉,稚館穀粲壘。雅聞而馳還,柵於壘外,與稚相持。聰聞粲敗,使太尉范隆率騎赴之,稚等懼,率眾五千,突圍趨北山而南。劉勳追之,戰于河陽,稚師大敗,死者三千五百人,投河死者千余人。

李矩は郭默と郭誦に、趙固を救えと命じた。郭默と郭誦は、洛汭に屯した。耿稚と張皮に、濟水を潜らせ、劉粲を襲わせた。貝丘の王翼光は、厘城から敵襲を見て、劉粲に告げた。
劉粲は言った。
「征北将軍が南渡したから、趙固の望聲が漏れてしまった。西晋の奴らは、趙固が気になって、攻めてくる余裕などないはずだ。大将の趙固を捕えている油断から、北をちゃんと監視していなかった。まして濟水を潜ってくるなんてなあ。

ただの劉粲の失敗である。1つに満足すると、他の可能性が見えなくなる。自分の頭で考える訓練が足りないのだ。

將士たちが、驚いて動揺しないようにせよ」

是夜,稚等襲敗粲軍,粲奔據陽鄉,稚館穀粲壘。雅聞而馳還,柵於壘外,與稚相持。聰聞粲敗,使太尉范隆率騎赴之,稚等懼,率眾五千,突圍趨北山而南。劉勳追之,戰于河陽,稚師大敗,死者三千五百人,投河死者千余人。

この夜、耿稚と張皮らは、劉粲を襲って破った。劉粲は、逃げて陽鄉に拠った。耿稚と張皮は、劉粲の防塁から兵糧を奪った。耿稚と張皮は、馳せて還った。劉粲は、柵を塁外に築いて、耿稚と対峙した。
劉聡は、劉粲が西晋の残党に敗れたと聞いた。劉聡は、太尉の范隆に、騎兵を率いて劉粲を救援させた。耿稚らは、漢の援軍を懼れた。耿稚は5千を率いて、漢の包囲を突破して北山に走りこみ、南に行った。
劉勳は耿稚を追い、河陽で戦った。耿稚の郡は、大敗した。

とりあえず、漢は西晋の残党を片付けた。全部じゃないが。

耿稚の側の死者は3500人で、黄河に落ちて死んだ人は1000余人だった。

宦官の養女を皇后にする

聰所居螽斯則百堂災,焚其子會稽王衷已下二十有一人。聰聞之,自投於床,哀塞氣絕,良久乃蘇。平陽西明門牡自亡,霍山崩。
署其驃騎大將軍、濟南王劉驥為大將軍、都督中外諸軍事、錄尚書,衛大將軍、齊王劉勱為大司徒。

劉聡の住スペースにイナゴが現れた。百堂が火災した。劉聡の子で會稽王の劉衷をはじめ、21人が焼け死んだ。劉聡は、子たちの焼死を知り、身をベッドに投げ出した。哀塞して氣絶し、かなり経ってから蘇生した。
平陽西明門牡が、自壊した。霍山が崩れた。
劉聡は、驃騎大將軍で濟南王の劉驥を、大將軍にした。都督中外諸軍事、録尚書、衛大將軍である齊王の劉勱を大司徒にした。

この2人は、劉乂がクーデターの相談をしたと、郭猗がでっち上げた2人です。もう劉乂は死んだし、警戒を解かれたのでしょう。人臣のトップになった。


中常侍王沈養女年十四,有妙色,聰立為左皇后。尚書令王鑒、中書監崔懿之、中書令曹恂等諫曰:「臣聞王者之立後也,將以上配乾坤之性,象二儀敷育之義,生承宗廟,母臨天下,亡配後土,執饋皇姑,必擇世德名宗,幽閒淑令,副四海之望,稱神祇之心。是故周文造舟,姒氏以興,《關雎》之化饗,則百世之祚永。孝成任心縱欲,以婢為後,使皇統亡絕,社稷淪傾。有周之隆既如彼矣,大漢之禍又如此矣。從麟嘉以來,亂淫於色,縱沈之弟女,刑余小丑猶不可塵瓊寢,汙清廟,況其家婢邪!六宮妃嬪皆公子公孫,奈何一旦以婢主之,何異象榱玉簀而對腐木朽楹哉!臣恐無福於國家也。」

中常侍の王沈の養女は14歳で、妙色があった。劉聡は、王沈の養女を左皇后に立てた。
尚書令の王鑒、中書監の崔懿之、中書令の曹恂らが、皇后選びに諌めた。
「(抄訳)皇后を立てるなら、実家にも気を遣うべきです。宦官の養女を立てたらダメです。前漢の成帝は、恋心のままに、奴隷を皇后にしました。そのせいで、前漢は滅びました。(中略)

ここにおける前漢の成帝の使い方は、とても分かりやすい。奴隷出身の皇后は嫉妬深くて、他の女からの皇子誕生を呪詛した。
前に靳准が劉粲のために引いたときは、詭弁にしか見えなかった。

6人の宮妃や宮嬪には、みな公子や公孫がいます。もう子孫がたっぷりいるのに、新しく奴隷を皇后に立てられても、国家に福とはなりません」

聰覽之大怒,使宣懷謂粲曰:「鑒等小子,慢侮國家,狂言自口,無複君臣上下之禮,其速考竟。」於是收鑒等送市。金紫光祿大夫王延馳將入諫,門者弗通。鑒等臨刑,王沈以杖叩之曰:「庸奴,複能為惡乎?乃公何與汝事!」鑒瞋目叱之曰:「豎子!使皇漢滅者,坐汝鼠輩與靳准耳,要當訴汝於先帝,取汝等於地下。」

劉聡は、諌め文を読み、大怒した。

死ぬまで女に溺れ、大怒をくり返すのね。今回は「宦官を外戚にする」という、後漢の愚帝ですら思いつかなかったことを、やろうとしたくせに。

劉聡は宣懷に命じて、劉粲に伝えた。
「王鑒ら小子は、國家を慢侮して、狂ったことを口にする。君臣上下の礼を、無視しやがる。速やかに、王鑒の処理を考えよ」
ここにおいて王鑒らは捕えられ、処刑場に送られた。
金紫光祿大夫の王延は、馳せて諌めようとしたが、門番が通さなかった。王鑒らが死刑になる直前、王沈らは杖で王鑒を叩いて言った。
「庸奴め、また悪事をはたらくか。乃公何與汝事!」
王鑒は目を瞋って、王沈を叱った。
「豎子よ!皇漢を滅ぼすのは、お前ら宦官と、靳准であるぞ。お前らを先帝(劉淵)に訴えて、お前らを地下(あの世)で捕えてやる」

懿之曰:「靳准梟聲鏡形,必為國患。汝既食人,人亦當食汝。」皆斬之。聰又立其中常侍宣懷養女為中皇后。

王鑒の同志である中書監の崔懿之は、言った。
「靳准は、フクロウの声にそっくりである。必ず靳准は、國に患いをなす。お前らは、すでに人を食らった。人もまた、お前らを食らうだろう」
王鑒らは、みな斬られた。

漢族の文化を吸収しようとする、劉淵以来の理想は、ここに終わった。胡漢は決裂し、五胡は異民族の習俗に忠実で、漢族から見たら非道徳をくり返す。
胡漢の融合は、数十年も、いや数百年も、お預けになった。

劉聡は、中常侍・宣懷の養女を、中皇后に立てた。