表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』載記の劉聡伝を訳し、胡漢融合の可能性を探る

10)奸臣が、劉乂を冤罪でハメる

西晋を滅ぼさないと、漢の存続がない。劉聡には、もう後がない。
劉曜に命じて、何より最優先に、長安の愍帝を滅ぼせと命じました。

関右の平定

平陽地震,雨血於東宮,廣袤頃餘。

平陽(漢の都)で地震があった。血の雨が、東宮に降った。広袤頃餘。

劉曜又進軍,屯於粟邑。麹允饑甚,去黃白而軍于靈武。曜進攻上郡,太守張禹與馮翊太守梁肅奔於允吾。於是關右翕然,所在應曜。曜進據黃阜。

劉曜はふたたび進軍し、粟邑に屯した。西晋の麹允の軍は、ひどい食糧不足だった。麹允は、黄白を去り、靈武に移った。劉曜は進んで、上郡を攻めた。上郡太守の張禹と、馮翊太守の梁肅は、允吾に逃げた。
劉曜が、麹允と張禹と梁肅を追い払ったので、關右は翕然として、劉曜に従った。劉曜は進んで、黄阜に拠った。

聰武庫陷入地一丈五尺。時聰中常侍王沈、宣懷、俞容,中宮僕射郭猗,中黃門陵修等皆寵倖用事。聰游宴後宮,或百日不出,群臣皆因沈等言事,多不呈聰,率以其意愛憎而決之,故或有勳舊功臣而弗見敘錄,奸佞小人數日而便至二千石者。軍旅無歲不興,而將士無錢帛之賞,後宮之家賜齎及於僮僕,動至數千萬。沈等車服宅宇皆逾于諸王,子弟、中表布衣為內史令長者三十余人,皆奢僭貪殘,賊害良善。靳准合宗內外諂以事之。

漢の武器倉庫が、地面に一丈五尺もめり込んだ。

西晋に勝てそうなのに、不吉な出来事。まだひと波乱あるのか。

漢の中常侍である王沈、宣懷、俞容と、中宮僕射の郭猗と、中黄門の陵修らは、みな劉聡に重く用いられていた。劉聡が後宮に遊びに行くと、100日も出てこないことがあった。群臣は王沈の言うことを聞き、多くの政治案件が劉聡の耳に入らなかった。

劉聡は女好きである。世が、漢であろうが晋であろうが、女好きである。
いま西晋が粘り強くて、劉聡の漢は追い込まれている。追い込まれているとき、気持ちが逃げ込むのは、いちばん好きな場所である。後宮に行けば、女遊びができるし、政治を見なくてすむ。
もし劉聡が酒好きなら、政治の場に出張ったまま、酔って人を殺しまくっただろう。どっちがマシかなあ。
劉聡が暗愚なのではない。状況が厳しすぎるのだ。晋の復活を望むファンは、愍帝が劉聡のメンタルを押しつぶすほどのプレッシャーを与えていることに、悦ばねばならん。

王沈は、個人的な愛憎のフィーリングで政治を判断した。ゆえに、漢に勲功がある古くからの臣に、ポストが与えられなかった。反対に、奸佞な小人が、仕官して数日で、二千石(太守)にまで出世した。
戦役を起こさない歳はなかった(戦争ばかり続けた)が、將士には銭や布の恩賞がなかった。反対に、外戚の家(靳氏)は、大量の財宝と奴隷をもらい、数千万に達した。
王沈らは、馬車、衣服、服装、邸宅を、みな諸王なみにゼイタクにした。王沈の子弟で、無官から、いきなり内史令長になった人は、30余人。みな驕りまくり、賊が良善を妨害した。靳准は、一族の内外を合わせて、王沈の主催する朝廷にへつらった。

劉聡が政治を省みないのではない。劉聡が政治を直視しすぎるから、皮肉にも朝廷がカラッポになるのです。

郭猗のわるだくみ

郭猗有憾于劉乂,謂劉粲曰:「太弟于主上之世猶懷不逞之志,此則殿下父子之深仇,四海蒼生之重怨也。而主上過垂寬仁,猶不替二尊之位,一旦有風塵之變,臣竊為殿下寒心。且殿下高祖之世孫,主上之嫡統,凡在含齒,孰不系仰。萬機事大,何可與人!

郭猗は、劉乂のことを邪魔に思っていた。郭猗は、劉粲に言った。

郭猗は、中宮僕射です。上に名前が出ている。王沈が主催する朝廷で、与党である。止せばいいのに、争いの火種を拾ってくる奴は、必ずいる。
ぼくの経験的には、他人の粗探しをして、波乱を作ろうとするのは、ヒマな奴である。仕事に忙殺されたり、現状に満足していたりすれば、余計をしない。
思うに、漢王朝は軍事主体で、事務方はあまり仕事がない。だって機構が単純だし、人口が少なく、領地も狭いのだ。それなのに、仲間たちを大量採用してしまったから、そりゃヒマになるよね。

「皇太弟の劉乂は、不逞の志を抱き、劉粲さまを殺そうとしました。今も劉乂は、劉聡さまと劉粲さまの父子を、深く仇に思っています。劉乂の怨みは、四海蒼生に伝染します。
でも皇帝の劉聡さまは、寬仁を垂れ過ぎて、劉乂を皇太弟の地位から追い出していない。もし、いちど風塵之變が起これば、ふたたび劉乂は劉粲さまを殺そうとするでしょう。私は、劉粲さまのために、心が寒くなります。
劉粲さまは、高祖・劉淵さまの孫で、劉聡さまの嫡統です。あなたが次の皇帝であるべきです。

臣昨聞太弟與大將軍相見,極有言矣,若事成,許以主上為在太上皇,大將軍為皇太子。乂又許衛軍為大單于,二王已許之矣。二王居不疑之地,並握重兵,以此舉事,事何不成!臣謂二王茲舉,禽獸之不若也。背父親人,人豈親之!今又苟貪其一切之力耳,事成之後,主上豈有全理!殿下兄弟故在忘言,東宮、相國、單于在武陵兄弟,何肯與人!

私は先日、聞きました。劉乂と大将軍が会見して、こんなことを話したらしいですよ。
『もし作戦が成功したら、劉聡さまを退位させて、太上皇とする。大将軍を、皇太子とする』と。

大将軍とは、劉驥らしい。参考:「詩解」http://www.geocities.jp/takemanma/

また劉乂は、『衛軍を大單于とする』とも約束しました。

衛軍とは、劉勱らしい。参考:「詩解」http://www.geocities.jp/takemanma/

二王(劉驥と劉勱)もすでに、皇太子や大単于にするという、成功の際の報酬にサインをしたようです。二王は、劉乂への賛同が揺るぎません。二王が率いている重兵を合わせて決起したら、どうして劉乂の作戦が失敗するでしょうか。必ず劉乂は成功してしまいます。

忘れてはいけないが、話者は郭猗で、聞き手は劉粲だ。「敵の成功は、間違いなしです。あなたは恨まれているから、必ず殺されます」と言っている。
ヒマな郭猗は、劉粲を揺さぶって遊ぶのか。

私は二王に言いました。
『劉乂さまの作戦は、禽獣にも劣ることです。二王が父に背いて政権を握り、臣下に親しんだとしましょう。しかし臣下は、父を叛くような二王に対して、親しみ返してくれるものですか。腕力だけに頼って成功しても、道理を全うすることができますか』と。

郭猗は、劉乂の作戦を知り、二王を止めた。つまり二王は、郭猗が秘密を知っていることを知っている。二王は、郭猗が作戦に反対していることも知っている。それなのに、いま郭猗はフラフラと外出して、劉乂の敵の劉粲に接触できている。二王は郭猗を捕えておくべきだ。油断をしすぎである。
おかしいなあ?と思った。
ネタバレすると、これは郭猗のウソなのです。郭猗は、劉乂を陥れるために、劉粲にフィクションを吹き込んでいる。
ぼくでも違和感を持ったんだからさ、劉粲も気づけよ(笑)

殿下兄弟故在忘言,東宮、相國、單于在武陵兄弟,何肯與人!

なんかよく分かりません。すみません。


許以三月上巳因宴作難,事淹變生,宜早為之所。《春秋傳》曰:'蔓草猶不可除,況君之寵弟乎!'臣屢啟主上,主上性敦友于,謂臣言不實。刑臣刀鋸之余,而蒙主上、殿下成造之恩,故不慮逆鱗之誅,每所聞必言,冀垂採納。臣當入言之。願殿下不泄,密表其狀也。若不信臣言,可呼大將軍從事中郎王皮、衛軍司馬劉惇,假之恩顧,通其歸善之路以問之,必可知也。」粲深然之。

三月上巳の宴のときに、劉乂がクーデターを起こします。劉粲さまは、早く劉乂への対処をして下さい。『春秋伝』には、
『ツルが巻きつく草を、除いてはいけない。まして、君主の弟を除いて良いわけがない』
と書いてあります。劉乂を除きなさいと、私は劉聡さまに何度も申し上げています。しかし劉聡さまは、性格が温厚なので、劉乂を除いてくれません。
(中略)
私は、劉乂のクーデターに先んじて、劉乂を殺せと申し上げました。もし私の発言が信じられないならば、大將軍の從事中郎である王皮と、衛軍の司馬である劉惇を、お呼びになればいい。

名前が出た2人は、肩書きから分かるように、二王の部下だ。二王の事情に詳しいだろう。

劉粲さまが、王皮と劉惇の2人に恩顧をかけてやり、あるべき身の振り方を説得してやれば、必ず二王がクーデターが分かるでしょう」

本当のことを言う人は「これは本当です。疑うなら調べてみればいい」なんて言わないよな。どこを検証されても、矛盾は出ないから。
だが郭猗はウソを言っているので、手を回していない情報筋を辿られたら、不都合である。だから、劉粲がヒアリングをかけるべき相手を、限定した。適切な情報提供して、劉粲を助けたかのように見せて、実はミスリードである。
・・・長かったけど、郭猗のセリフはここまで。

劉粲は、郭猗の作ったストーリーに、深く納得した。